タイムトラッキングで「見えない準備・調整時間」を把握:フリーランスの見積もり精度と利益率を高める事例
はじめに
フリーランスとして働く多くのWebデザイナーの方が、複数のプロジェクトを同時並行で進める中で、「なぜか想定より時間がかかる」「見積もりと実際の作業時間に乖離がある」といった課題に直面することがあります。請求対象となるデザインやコーディングといった直接的な作業時間以外にも、プロジェクト遂行には欠かせない「見えない時間」が存在するためです。
この「見えない時間」には、クライアントとのメールやチャットでのやり取り、打ち合わせの準備、必要な情報の収集、ツールの設定、タスク間の切り替えに伴う思考整理、納品後の微調整やフォローアップなどが含まれます。これらの時間はプロジェクトの質や円滑な進行に不可欠であるにも関わらず、多くの場合、見積もりに適切に反映されず、フリーランス自身の稼働時間として見過ごされがちです。
タイムトラッキングは、このような見過ごされがちな時間を「見える化」し、正確に把握するための強力な手段です。本記事では、タイムトラッキングを活用してフリーランスが「見えない準備・調整時間」を把握し、それがどのように見積もり精度や収益性の向上、ひいては働き方の改善に繋がるのかを、具体的な事例を交えてご紹介いたします。
フリーランスが見落としがちな「見えない時間」の具体例
フリーランスのプロジェクトにおいて、直接的な成果物作成以外の時間として、以下のようなものが「見えない時間」となりやすい傾向にあります。
- コミュニケーション: クライアントからの問い合わせ対応、進捗報告、メールやチャットでの指示確認・返信、オンライン会議の準備と参加時間。
- プロジェクト準備: 要件定義の整理、資料収集、競合サイト調査、使用ツールやライブラリの選定・設定、作業環境の構築。
- タスク間・プロジェクト間移動: あるタスクから別のタスクへ切り替える際にかかる思考の切り替え時間、関連ファイルの特定や確認。
- 自己管理・管理業務: タイムトラッキング自体の記録時間、請求書作成準備、経費精算に必要な情報収集、学習・自己研鑽(直接プロジェクトに紐づかないもの)。
- 予期せぬ対応: 仕様変更への対応方針検討、突発的なトラブルシューティング、クライアントからの急ぎの確認対応。
これらの時間は、個々に見れば短時間かもしれませんが、積み重なると無視できない量になります。特に複数のプロジェクトを掛け持ちしている場合、それぞれのプロジェクトに関連する「見えない時間」が分散するため、総量を把握することがより難しくなります。
タイムトラッキングによる「見えない時間」の把握方法
「見えない時間」を正確に把握するためには、タイムトラッキングの記録方法に工夫が必要です。単に「A案件」と記録するだけでなく、どのような性質の時間だったのかを詳細に分類することが鍵となります。
- 詳細なタスク分類項目の設定: 一般的な「デザイン」「コーディング」といった項目に加え、「A案件 - コミュニケーション(メール・チャット)」「B案件 - 打ち合わせ準備」「C案件 - 資料調査」「共通 - 環境設定」のように、「どのプロジェクトの、どのような性質の、見えない時間か」を具体的に記録できるカテゴリを設定します。
- 「見えない時間」の意識的な記録: 作業を開始する際にタイマーをスタートさせるのと同様に、メール対応や資料探し、打ち合わせの準備など、「見えない時間」に該当する作業に取りかかる際にも、意識的に該当するタスク項目でタイマーを開始します。タスクを終えたら停止し、次のタスクへ移る際に再度タイマーをスタートさせます。
- ツールの活用: 多くのタイムトラッキングツールでは、プロジェクトごとに詳細なタスク項目を設定したり、手動で時間を後から追加したりする機能が備わっています。複数のプロジェクトを同時に進めている場合でも、プロジェクトごとに時間を記録できるツールが有効です。
最初は全ての「見えない時間」を完璧に記録することは難しいかもしれません。まずは特に時間を使っていると感じる項目(例: メール対応、打ち合わせ関連)から記録を始めてみることをお勧めします。記録を続けることで、自身の時間の使い方に対する意識が高まり、より正確な記録に繋がります。
事例紹介:タイムトラッキングで「見えない時間」を可視化したフリーランスの成果
ここでは、タイムトラッキングによって「見えない時間」を把握し、働き方やビジネスを改善したフリーランスの事例をいくつかご紹介します。
事例1:見積もりと実作業時間の乖離を縮小(Webデザイナー Aさん)
WebデザイナーのAさんは、これまでデザインやコーディングといった直接的な作業時間に基づいて見積もりを作成していました。しかし、多くのプロジェクトで「なぜか思ったより時間がかかる」と感じており、見積もり通りの時間で完了できないことが頻繁にありました。
そこでAさんは、タイムトラッキングツールを導入し、これまでの「デザイン」「コーディング」といった大項目に加え、「クライアントMTG準備」「メール返信・確認」「参考資料リサーチ」「デザイン修正指示確認」といった「見えない時間」の項目を設けて詳細に記録を開始しました。
1ヶ月後、記録されたデータを分析した結果、一つのプロジェクトにかかる時間の約20%が、これまで見積もりに含めていなかったこれらの「見えない時間」によって占められていることが判明しました。特に、クライアントとのメールでの詳細なやり取りや、指示内容の再確認に想定以上の時間を費やしていることがデータから明らかになりました。
この分析結果に基づき、Aさんは次回からの見積もりにおいて、「デザイン・コーディング」の時間に加え、プロジェクト規模に応じて一定割合の「コミュニケーション・調整時間」を盛り込むように変更しました。また、クライアントへの報告時には、デザイン作業時間だけでなく、プロジェクト進行のために費やしたコミュニケーション時間についても簡潔に伝えるようにしました。
その結果、見積もりと実際の作業時間の乖離は平均で約15%減少し、プロジェクトの採算性が向上しました。また、見積もりに「見えない時間」を含めることで、自身の稼働時間に対する適切な対価を得られるようになり、精神的な負担も軽減されました。
事例2:時間単価と収益性の改善(システム開発フリーランス Bさん)
システム開発を請け負うフリーランスのBさんは、複数のクライアントから継続的に案件を受注していました。タイムトラッキングは行っていましたが、主に請求のために「開発時間」を記録する程度でした。しかし、忙しさの割に収益が伸び悩んでいるように感じていました。
Bさんは、自身の時間活用の状況をより深く理解するため、タイムトラッキングの記録項目を細分化しました。「開発」に加え、「技術調査」「環境構築・設定」「クライアント定例MTG」「社内(自身)管理業務」「経費処理・請求準備」といった項目を追加し、約3ヶ月間記録を続けました。
データの集計と分析を行ったところ、総稼働時間のうち、クライアントに直接請求できない「技術調査」や「環境構築・設定」、「社内管理業務」といった非請求時間が、全体の約30%を占めていることが明らかになりました。さらに、クライアント別のデータを確認すると、特定のクライアントとの案件では、要件の不明確さからくる「技術調査」や「調整のためのコミュニケーション」に費やす時間が多いことも分かりました。
この分析結果に基づき、Bさんは以下の改善策を実行しました。
- 価格設定の見直し: 非請求時間の割合を考慮し、全体的な時間単価目標を引き上げました。新規案件の見積もりには、必要な技術調査や環境構築にかかる時間も「初期設定費用」や「調査費用」として一部含める提案を行うようになりました。
- 非請求時間の効率化: 定型的な管理業務(請求書作成準備など)にかかる時間を計測し、ツール導入による自動化や、まとめて処理するバッチ処理を検討しました。
- クライアントとの契約・コミュニケーションの見直し: 時間のかかるクライアントに対しては、事前に要件定義をより丁寧に行うよう促したり、定例MTGの頻度や時間を見直したりする提案を行いました。また、技術調査が必要な作業が発生しそうな場合は、事前にその旨と見積もりへの影響を伝えるようにしました。
これらの取り組みにより、Bさんの時間単価は以前に比べて約15%向上し、年間の総収益も増加しました。また、非請求時間を意識的に管理することで、自身のボトルネックとなる作業や、収益性を圧迫している原因を明確に特定できるようになりました。
事例3:集中力の向上と雑務時間の削減(コンテンツマーケター Cさん)
コンテンツマーケターのCさんは、記事執筆やコンテンツ企画といった集中力を要する作業が多い一方で、メールチェック、情報収集、SNSでの情報発信といった比較的軽易なタスクにも多くの時間を費やしていました。特に、メールやチャットの通知があると、集中が途切れてしまうことに悩んでいました。
Cさんは、自身の時間配分を把握するため、タイムトラッキングでタスクを詳細に記録することにしました。「ブログ記事執筆」「企画立案」といった集中タスクに加え、「メール確認・返信」「情報収集(SNS、ニュースサイト)」「タスク管理ツール更新」「休憩・離席」といった項目を設定しました。
1週間記録したデータを確認したところ、予想以上に「メール確認・返信」や「情報収集」に時間がかかっており、特にこれらのタスクが集中して行われる時間帯や、別のタスクの合間に割り込んでいる状況が多いことが分かりました。また、タスク間の切り替えに意外と時間がかかっていることもデータから示唆されました。
この結果を受け、Cさんは以下の対策を実行しました。
- メールチェック時間の固定化: メールチェックと返信を1日2回(午前と午後)の特定の時間帯に限定し、それ以外の時間はメールソフトを閉じ、通知もオフにしました。
- 情報収集の効率化: 情報収集は特定の時間帯に行い、目的意識を持って行うようにしました。また、SNSのチェック頻度を意識的に減らしました。
- タスクのバッチ処理: 類似のタスク(例: 複数のブログ記事の構成案作成)はまとめて行うようにし、タスク切り替え回数を減らしました。
これらの工夫をタイムトラッキングで再度記録することで、集中して記事執筆や企画立案に取り組める時間が増加したことが確認できました。1日あたりの集中作業時間が平均で約1時間増加し、全体の生産性が向上しました。また、雑務に追われる感覚が減少し、精神的なゆとりが生まれました。
「見えない時間」を把握するための実践的ステップ
タイムトラッキングを活用して「見えない時間」を効果的に把握し、改善に繋げるためには、以下のステップで取り組むことをお勧めします。
- 「見えない時間」カテゴリの定義: ご自身の仕事内容を振り返り、請求対象ではないが、プロジェクト遂行のために必要な時間、あるいは個人的な管理や準備にかかる時間を具体的にリストアップします。最初は細かすぎず、大まかなカテゴリ分けから始めることも可能です(例: コミュニケーション、リサーチ、ツール設定、管理業務)。
- 意識的な記録の実践: 設定したカテゴリに基づき、日々意識的にタイムトラッキングを行います。ツールを活用し、ワンクリックで記録開始・停止ができるように設定すると習慣化しやすくなります。全ての時間を完璧に記録しようとせず、まずは主要な「見えない時間」から記録を始める意識で取り組むことが継続の鍵です。
- 定期的なデータレビューと分析: 毎週または毎月、記録した時間を集計・分析します。どの「見えない時間」にどれだけの時間を費やしているか、それはどのプロジェクトやクライアントに関連しているか、想定していた時間との乖離はどの程度かなどを確認します。全体の稼働時間に対する非請求時間の割合などを計算してみるのも良いでしょう。
- 分析に基づく改善策の検討と実行: 分析結果から、改善すべき点や効率化できる可能性のある「見えない時間」を特定します。そして、見積もりへの反映、価格交渉、クライアントとのコミュニケーション方法の見直し、特定のタスクのバッチ処理化、ツールによる自動化、あるいはそのタスク自体を削減・委託できないかといった具体的な改善策を検討し、実行に移します。
- 継続的な記録と改善サイクルの構築: 改善策を実行した後もタイムトラッキングを継続し、その効果を測定します。この「記録→分析→改善→再記録」のサイクルを回すことで、自身の時間管理能力は継続的に向上し、より効率的で収益性の高い働き方を実現していくことができます。
まとめ
タイムトラッキングは、単にクライアントへの請求時間を計算するだけのツールではありません。特にフリーランスにとっては、これまで見過ごされがちだった「見えない準備・調整時間」を正確に把握し、「見える化」する強力な手段となります。
「見えない時間」を可視化することで、見積もり精度を高め、自身の労働に対する適正な対価を確保することができます。また、時間の使い方におけるボトルネックや非効率なプロセスを特定し、改善することで、集中力を高め、生産性を向上させることも可能です。
ご自身の時間をより深く理解し、ビジネスを強化するためにも、ぜひ今日から「見えない時間」のタイムトラッキングを意識的に始めてみてはいかがでしょうか。時間の「見える化」が、あなたの働き方を確実に変えていくはずです。